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2008年09月12日

豊川悦司「犯人に告ぐ」を鑑賞して



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もともと邦画なんてあまり見なかったが
邦画もなかなか味があると思えた
結構面白い映画だったと思う

この豊川悦司の
「犯人に告ぐ」は
妻がトヨエツのファンだというから
無理やりお付き合いで見たのだけど・・・

期待も何もしなかったが
どんどん画面に惹きつけられる
2時間はあっという間でした

なかなかトヨエツってかっこいいと思うし
ちょっと目立ち過ぎかもしれない
「トヨエツは何の役やってもかっこいいし決まるのよ」って妻が言っていたが
なるほどと思える映画だ

さすが役者トヨエツ
決めるところは決めるなあ

まさに主役の男という感じだ
トヨエツCMで思い切り卓球をしているシーンもあるが
そういうコメディな部分もあり、今回のように刑事役もはまるし
決まりすぎですな

まず声がいい

『今夜は震えて眠れ』
なんてあの顔であの声で言われたら
ほんとに決まっているぐっとくるかっこいいシーンだ

画面に釘付けになる女性陣の気持ちわかる気もする
あとの俳優はまるきりトヨエツのひきたて役のような気も・・・

まあそんなことばっかりは言ってられないので・・・

この映画は一言で言えば・・・
警察のあり方をよく見せつけられました

警察の内部の現場組と管理者側に分かれる
深い深い角質の溝をよく語っている映画だ
足の引っ張り合いの世界

しかしあれは警察だけの問題でもない
正義の味方であり警察魂を貫く・・・
なんていうところが全然ないサラリーマン化した警察社会

多分現実の警察そのものでしょう
サラリーマンの世界だって政治の世界だって往々にある話だ
管理者側はさらに上を目指しトップにいこうとする
どこの縦型社会でもありうる世界
トヨエツだってあの映画の中で最初は出世のために上を見ていたし・・・

しかし左遷されてから人間性もいっきにかわり
人間味ある人になる
まあトヨエツはどんな役やってもはまるのだが
私はトヨエツのこの人間味ある田舎の警察官のトヨエツの方が
好感がもてる
いい部下にも恵まれそれは左遷されて人柄がかわったおかげという訳か
足柄でのトヨエツはなかなかいい味をだしていた

犯人像よりこの映画は警察の内部の現実をよく見せている映画である
警察も犯人のことより、管轄だ出世だとこんなことばかり・・・
実に醜いなあ・・・
警察官の心構えなんてあるのかな?って感じである
現実の警察もこうなのか


しかし実際にはありえないが
テレビを使って犯人に逮捕の予告
これは映画だからということでなかなか面白かった

最後の方の場面、本部長が自ら脅迫状を書いたって?
あんなことあっていいのか?
それを知ったボンボン刑事がいたが(これもまるきりトヨエツのひきたて役としか映らない)
出世だけを考えているどうしようもないボンボン
でも、本部長の秘密を知って、にやり とする顔はなかなかうまい
まああの役を引き受けた俳優は
えらい
なかなかあの顔はよかったと思う
真実ぽくて・・・

この先本部長の秘密を知ってこれから本部長を脅かしどう陥れていくか
そこのところは続きがみてみたい
そうしなければ自分も足柄左遷行きでしょうから、必死だったのでしょうけれど

見所はまだ他にもありました
6年前の事件の被疑者をずっと張り込んでいるところは
警察魂が感じられたかな

本部長役の石橋凌でしたか結局警察の恥じとも思える行動をするが
あんなことはありえない・・・まあドラマだから・・・しかし
マスコミと警察のお互いの利益のために戦う場面はなかなか見所あります

 
もうひとつ
こいつが犯人だろうってすぐ刑事の予感というのが働いて
犯人から決して離れないところ
ドキドキしましたね
長年刑事をやっているから予感ってあるのだと思うけれど
扉に自分の足をはさんで扉をしめさせないところや
色を犯人が誤解していてそれを言わせるところなんか・・・
ドキドキものでした
よかったですよそのシーンも

とにかくトヨエツがかっこいいです
『今夜は震えて眠れ』
なんてトヨエツが言うと
男の私でもぐっときてしまいますから

この映画サスペンス風で犯人像も浮かび上がりぎりぎりまで追い詰めていく
いつもながらの刑事もののストーリーかと思ったけれど
意外に予想外で警察内部の実情がリアルに描き出されている映画であった

まあ原作は読んでないけれど、多分原作のがよかったのではないか
映画は2時間弱でまとめるのが所詮無理な話
でもトヨエツがあまりに決まっている映画で
それはそれでよかったし好感持てた映画である
また彼の映画見てみようなんて気にさせてくれる映画です

それから巻島(トヨエツ)の奥さんが子供を産む時の苦しむシーンがありましたが
あれはいらなかったのじゃない?
だって無事子供生まれるし、奥さんと仲いいし
6年前自分が犯人を捕えられなくてその子供は殺されてしまった
もっと主人公の巻島が家庭的にも苦境にいるって感じのがよかったのに・・・
なんて映画感想を家族で語った時
そのように妻や娘は言っていたけれど私はそうは思わない

出産場面というのは、人生の中でかなり緊迫した場面
無事生まれるか否か大変なシーンである
誰にでも相当大事な時であるし、まして奥さんが危ないとならば
そこにかけつけるのは世の男性なら当然だろう

しかしトヨエツはそれよりも事件をとる
こんなにも大切な時であるのにトヨエツはいかない
それよりも事件の解決をとる
事件を選択したトヨエツ(巻島)
そんなことを強調したかったのであろう
だからあの場面は結構重要な効果があると私は思う

それから
「犯人に告ぐ
主役はお前だ」

と言っときながら犯人像はあまりでてこない
原作はどうかわからないが、その辺もう少し出してもよかったのかもしれない
でもそんな風にしたらあまりにもありきたりの映画になってしまうのか

とにかくトヨエツのなんとも説得力のある演技はよかった
また他の映画で彼の演技をじっくりと見て見たい

面白い映画でした
どうしても邦画の場合役を演じている役者を見てしまい
今回もそういう目で映画を見てしまったが
それでもなかなか面白い映画であり
時間があっという間に過ぎる
警察の実態もわかるし見て損はない映画である
posted by オサト at 18:37| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

映画「マッチポイント」を鑑賞して

いい映画だった
なかなかおもしろい

監督に惹かれて鑑賞した映画だが
さすがウッディ・アレン監督の映画だと思う
ただ、いつものウッディ・アレンの映画とはちがってコメディも入る
はぎれのよいおもしろさとは一味違う

この映画のテンポは5秒の隙も見ている側に与えないほど
ドキドキハラハラの連続に心理上してしまう
決して画面はいそいで流れないのに・・・
そして最後にして見ているものの予想を見事にひっくり返す
あの監督の狙いが感じられる
そこがおもしろいのだ

ストーリーとしてはありきたりでも大いに楽しめる映画だと思う

つきつめれば・・・
駄作か秀作がわからない映画・・・
勝者の映画のはずだけど、なぜか勝者ということで喜べない・・・
後味が悪いけど、おもしろい・・・
みんなどっちにもとれるし謎は多い・・・
なるほど、だからどっちのコートに落ちるかわからない
マッチポイントというこの映画のタイトルか
人生どっちに転ぶか、それによって結果は違ってくるということか

しかしさすがウッディ・アレンの作だと思う場面が沢山でてくる
まず、淡々とした映画なのだがやけにテンポがいい
つまりどんどん映画がすすむというのではなく
無駄のない映画と言う感じ・・・

そして映画の間中、目を離せないで観ている者を惹き込んでしまう

まあ、私個人としてはサスペンス的要素よりも
とにかくオペラがよかった・・・
映画のサスペンス的なドキドキする場面が多い中そのバッグミュージック風に
なっているオペラの曲が、映画のストーリーや気持ちにぴったりの
曲ばかりで、監督の趣味が伺えてなんともいえないほど共感する
それほどオペラの曲選曲がいいのだ

私はこの映画を鑑賞しながら、もっとオペラ知識が私にあればと後悔した
あんなに古くてもの悲しいオペラはあっただろうか
なかなか出会えない気がするものだ
なんともいえないオペラの響きがこの映画を一段と盛り上げる

この映画はサスペンス映画なのか
あるいは二重生活を楽しみ男の自分勝手さと傲慢さを描いている映画なのか
どこにでもあるドラマのようなストーリーである・・・
がこのように深くきわどく、怖く、勝利か否か・・・などという
考えさせられる映画の源はバッグに流れるオペラのような
気がしてならない
あとクリスの愛読書、ドストエフスキーの『罪と罰』
完全犯罪と『罪と罰』の内容とクリスの犯罪は似ているのである

オペラを歌っているのは
そこのところだけ調べたのだが
エンリコ・カルーソ(イタリア出身)の歌声という

イタリアが誇るエンリコ・カルーソの歌声は人々の心を魅了するほど美しい歌声
それもそのはず、エンリコ・カルーソは貧しい労働者だったにもかかわらず
自分の美しい声だけで世界を制したと言われるくらいのイタリアが誇るオペラの神様

人間得意なものを持っているとさすがに運が強いのか
主人公のクリスの人生もこのエンリコ・カルーソとちょっとダブって映るのは私だけか
クリスはテニスのプレーヤーで名をあげた
彼にこのテニスの名プレーヤーの名がなかったらイギリスの上流世界に入ってはこれないだろう
もちろんエンリコ・カルーソとは違うが、得意なものを武器にし制した過程は似ているものがある

主人公のクリスはテニスのコーチとして名門のテニスクラブを狙い(多分)
自分も教養を高めオペラのBOX席で鑑賞するような上流家庭のお嬢様を射止める
女性が夢中になったのだが、これもクリスの上流家庭に入り込むための作戦だ
それほど、お金持ちの世界が彼にとっては魅力だった

しかし、美しい女性との愛欲の世界もいい
2重生活をするうちはよかったが、欲望だけが殆どで密会していたノラが妊娠し
割り切った女かとクリスには多分思っていたのだと思うが
ノラは普通の女性になっていく
妊娠したことで急に強くクリスにせまり、妻と別れてほしいと泣き叫ぶ

殺すことはないと思うけどそこは映画だからと思って展開を見ていたが
優秀な刑事が彼を疑り、証拠もつかむ
・・・が、
最後の最後でリングを橋の欄干にリングがあたり、地と川どっちに落ちるか・・・
コートのネットの上で回転して回るボールのように
どちらに落ちるか画面に釘漬けになる
地に転がり落ちたから、見ているものには、証拠が地上に残った以上
そこから足がつくと思わせといて・・・

いわゆるそれが、クリスの強運になるとは、まさに人生はマッチポイントできまる
そしてだいどんでん返しが起こる
その演出がウッディ・アレンのすばらしさだ

とにかくご覧になってみるとよい
私の説明だけでは何がなんだかわからないでしょう?

かなりおもしろいサスペンスである

しかしこのマッチポイントという題名
いろんな意味があると思う
単なる最後のリングがどちらに落ちるかだけではない

監督の言わんとするところはいろいろな意味のマッチポイントがあると思う

この映画が駄作と見るか秀作とみるか
クリスは勝利者なのか、あるいはその生き方は本当は「負け」の生き方か・・・
上流階級の娘クロエと結婚するが心はノラをとったのか

いろいろ思うとあるが一番のポイントは・・・

この映画はこれで終わりなのか・・・そうではないのか
そこのところだと思う

クリスは上流社会へいくための人生計画を秘かにたて上流社会を狙ったワルだ
画面上で最後の30分、クリスは女性二人を殺す
その夜はさすがにうなされていたクリスだが次の日からは平然としている
ほんとうのワルなのか?
本当のワルならば完全犯罪をしたら笑うべきだ
だがクリスの表情は無表情だ
そこが救いか・・・

心から嬉しそうな場面は彼にはない
多分一生ないのだろう

この映画はこれで終わりではない
あのままでいるはずがない
今度は良心とやらが働いてそれが案外彼の失点になり
今度はどんどん落ちぶれていく人生をいくとか・・・
完全犯罪にはならないはずだきっと

必ずあの映画の続きを誰もが考える
うまくいってはだめなのだ
それを最後に見ているものに思わせる映画である
あの男は成功などはしない
後味の悪い映画・・・これから先この男は決して成功者ではない
このままでは済まないだろう

もっとそれ以上、悪い人生が彼を待つ
例えあのままいっても人間の普通の笑顔は彼には一生ないだろう

人生ってそんなにうまくいかない
一見成功した彼を思い浮かべるが、これから先彼はもっとも淋しい人生で崩れていく
これで終わりではない
マッチポイントの次ぎはデュース、デュースはずっと続くのだ

人生はデュースの連続のような気もする
だからこの映画は終わりではなくデュースが続きずっと終わらないのだろう

この映画はそんなことを感じさせる映画である
後味も悪いし彼にはこの先幸せはないと思う映画である

この映画の構成はすごくいいしおもしろい
目を覆うような場面もないけれどドキドキハラハラの映画だ

ヒッチコック並のトリックはないが、それにおとらない映画である
監督の腕を感じさせる
期待して一度は観てください
楽しめる、大変おもしろい映画である
posted by オサト at 18:33| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

「フランシスコの二人の息子」を鑑賞して

なかなかよかった映画である
しかしよかったのは前半
後半はあるいはなくてもいいかもしれない

とにかく前半は感動シーンが沢山ある
少年達がとてもあどけなくてかわいいのである
子供のことを思う父の姿もいい
そうだな・・・前半は見る価値大いにあるだろう
歌声もいい
家族愛もいい
いい映画である


ブラジルでの実話でありスーパースターと成長し映画も大ヒットしたという
サクセスストーリーである
サクセスストーリーといえば成功までの過程が非常におもしろい
前半が極めて美しく、いい場面が多い

フランシスコの二人の息子2


父親のフランシスコはブラジルで小作農をしていて

生活が非常に苦しい
しかも子供は7人
二人の息子ではなくて6人の息子である

映画の中心はほとんど前半
かわいい二人の息子が歌を歌いながら
路上ライブやどさ回りを重ねてひたすら家のためにお金を稼ぐ

この長男次男の表情や仕草が無垢でちょっとかわいすぎである
夫婦愛、家族愛も大いに歌い上げており
父親フランシスコの生活のやり方は無謀だが、
しかし家族は何も言わず信じて従うのだ

息子のハーモニカの才能をいち早く見つけたフランシスコは
収穫物や形見の拳銃まで売って息子にアコーディオンを買ってしまう

アコーディオン弾きを見つけ、息子に教えてくれと頼みこむシーン
たった一回でもすんなり覚えてしまう息子(ほんとかなあ)
最初は音痴だと思った息子の歌声もどんどんよくなってすばらしい歌声にかわっていく
これもすごい
ブラジル音楽と聴くと、サンバかボサノバかと思ったが、二人が中心に
歌っているのはほとんどカントリー風でそれをポルトガル語で歌っているから
印象深い
その歌声が子供らしく無垢でとてもなじみやすい、いい曲ばかりであった

フランシスコの二人の息子


前半の二人の息子は本当にかわいくて画面釘つけになった
路上ライブで初めてお金を手にした時のはにかんだ表情
目をきらきらさせて子供らしくかわいい 
最初はあんなに人前でもおどおどしていても
だんだんと歌にも自信をつけていく表情や目の動き
かなり感動的な場面がいっぱいだ
見所がとにかく沢山あった

 


ちょっと不思議なのは、この二人の才能を発見しどさ回りに連れ出し、1週間の約束を

4ヶ月連絡なしで伸ばしてしまう、また下の息子をいじめるシーンもあり、かなり怪しげな
悪人間ぽいミランダが、2回目に息子達と同伴する時には、心機一転
いい人間にかわっており、二人の息子とミランダで遊園地でサッカーをして
遊ぶシーンは急に変わりすぎでちょっとびっくりした
がそのシーンは子供達が無邪気で感動的といえば感動的だ

でもミランダは私は好まない男の部類である
ああいった人間は詐欺師に多そうで大変怪しい気がする
あの手の人間が急に子供達をかわいがり仲良くなるなんてちょっと意外ではあった

前半に息子の弟の方が事故で亡くなってしまうこともあるのだろうが
後半の場面の二人の息子は、二人の息子の兄は同じだがもう1人はその下の息子に変わってしまう
そこの切り替えがうまくできてないところがこの映画の惜しいところだ

後半は、感動的な場面もあまりなく誰にでもある苦労を普通の演技で
大した表情もなく普通に終わっている
しいていえば、その下の息子が小さい頃、兄の舞台を見るシーン、靴磨きをして稼いでいるシーン
などであるが、この下の息子を中心に成長していく過程をこの後半部分に
持って来るともっと盛り上がるのではなかったか・・・

とはいえ後半、父親が二人の曲をヒットさせるため、給料全部を両替して
リクエストの電話をかけまくるシーンは、結構感動ものである


この映画は、父が自分の好きな音楽を子供達に強要して
稼がせようというねらいも見えるが、それよりも
父親が子供の応援を影で一生懸命しながら守り抱きしめる
謙虚さもありそこの父子愛はすごくよかった

それで影で涙を流しても貧乏に絶え抜き、文句も言わずひたすら
夫にしたがう妻・・・これが見応えがあるのだ
7人もの子の子育てで毎日戦争のような忙しさであるのに
夫をささえる美しい妻
今時いるのだろうか・・・
「私を信じろ」と家を追われて出て行く時に一言妻にいう夫

我が家で「私を信じろ」ともし私が真面な顔で言ったとしたら
一瞬サーッと皆ひいてしまうのではないか・・・?

子供達もかわいいが健気な妻もすばらしかった
それに後半の成長した長男の妻もまた出来た女性だ
音楽家目指していつまでもぱっとしない夫のために内職し、
家系を支え、そして夫を支え、夫の力を信じて暮らす
もし世の夫全てがあのような妻を持ったら
男達皆が才能を発揮するであろう
世の中なかなかうまくはいかないものだな・・・


というわけで、この映画は前半だけで充分である
実話だから現在の様子と繋げるために後半も必要だったかもしれないが
前半後半でこの映画のようにあまりにも印象が変わり過ぎると
いい評価ができなくなってしまう
後半の大人になってからのシーンはどれもイマイチ
子供の無垢で無邪気な表情にはかなわないということなのかな・・・

まあブラジルの様子もよくわかるし、貧乏というとほんとの貧乏であり日本とは
比べられなくすごいものがある
ブラジルの都会と田舎の差もこうもあろうかと思うほどすごい

ラジオ音楽を唯一の楽しみにしていた父親フランシスコ
私も無線の配線を屋根につけたり、その気持ちは私とかなり共通するものがあって
フランシスコとは男同士好感が持てた映画である

posted by オサト at 01:38| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

映画『告発』(ケビン・ベーコン主演)を観て

私はジャンルは問わずどんな映画でも観るが
中でも裁判ものの映画はかなり観ているし大好きである
私が小学生高学年の頃初めて見た裁判ものの映画は・・・

ヘンリー・フォンダが製作・出演の映画

『12人の怒れる男』

告発2
                    ヘンリー・フォンダ

この映画は、ひじょうにお奨めである

まだ私は小学生高学年の頃、この映画を見たのだが
弁護士、裁判官が世間でどのような存在か詳しく理解していた
年齢でもないのに
裁判というものに強く魅かれひじょうに興味が湧いた映画である
それから中学の時も高校になっても同じこの映画を何度も観て、何度も感動した覚えがある


『12人の怒れる男』は裁判での12人の陪審員達の討論を描いた傑作ものの映画だった
殺人容疑の青年に対し、11人の陪審員が有罪と判定、しかし1人の陪審員が異議を唱える
裁判というのは緊張した時間が流れ白熱の討論が始まりハラハラドキドキの連続だ
その陪審員の勇気ある言動
私は本当に感動した
正義感が強いこんな人間になりたい・・・と幼心に思ったものだ


今回観た映画は

 ケビン・ベーコン主演 『告発』

告発1


実話だということだが大好きなケビンベーコンを見たいという妻の意見を尊重し
借りた映画であったので本当はそこまで期待はしなかったが・・・

しかし私は映画が始まった瞬間すでにスクリーンに釘付けになってしまったのだ

いつものケビンと違いものすごい演技である
ケビンの今までの作品の中では一番いいのではないか

告発3
                        ケビン・ベーコン


あれは演技ということを忘れ、なりきっていたとしか思えない
そのくらいすごい
刑務所でのシーンの痛々しさに思わず目をそむけてしまう場面もあるが、
彼のこの役になりきっている体を観ると

細かい表情、体の動き・・・全て伝わってくる

ヘンリー役のケビン・ペーコン

とにかく素晴らしかった

      
            


アルカトラズの刑務所であのような行為が実際に行われたいたのかと思うと
恐ろしくて身震いしてくる

真っ暗闇の独房に3年も閉じ込められ精神的におかしくなるヘンリー
妹に食べさせてあげたいと5$盗み脱出を試みただけであんな目にあわされたのか


刑務所では相手が犯罪者なら何をしてもいいのか
もはやそこには人権なんてない

正義といいながら悪魔のようなことを涼しい顔でやってのける


極悪非道冷酷そのままの副刑務所長


しかし人格を尊重し刑務所の責任を問い
無罪を主張し、そして刑務所を告発する弁護士がいた

クリスチャン・スレーターが扮するこの弁護士

ひじょうに勇気ある行動だった

実話であったというから
刑務所を告発したあの弁護士がもしいなかったらこの極悪非道な行為は
まだまだ続いていたのか

告発4
                        クリスチャン・レーター

正義感に燃えた弁護士
刑務所を告発したこの弁護士はすばらしい
私も辿ってきた道は偉そうなことはいえないが
間違っていることは追求し
正しいと思ったら通すこの信念は
私の目指す生き方だ

新米弁護士(クリスチャンレーダー)の役だが
どう見ても新米には思えない
正義、自由、人権・・・それを主張する若手弁護士である
若いけれど新米には見えない
法廷慣れした頭のきれるベテラン弁護士に見えてしまう

初々しさなどは全然感じられない


自分の思いを法廷でぶつけた時

彼の思いが強く出た時
もはや新米弁護士であろうがベテランであろうがもうそんなことはどうでもいいのだろう
それだけ彼の訴えは真剣であり
真実を追究し『告発』する思いが強かったのだ

また、この新米弁護士の話、訴えをちゃんと聴いた
裁判官もなかなかである
本当に中立な立場で裁判を進めている
強く訴える新米弁護士の意見も尊重する
そんな裁判官の姿勢は印象的であった

しかしなんといってもケビン・ベーコンだ
ケビンの演技がこの作品の全てであるかのように惹きつけられてしまう


妹と再会する場面
あまりにあっけなく
悲しい
こんなものか?
ラストもひじょうに切ないものがある

しかしその切なさを打ち消す
この映画の最大のラストシーン

ヘンリーが残した
この言葉

  『VICTRY』(勝利)

この言葉に込められた真実で救われた気持ちになった

勇気ある弁護士
政府を敵に信念を貫く
こんな勇気ある人間に私も今更ながら近づきたいと思ってしまう
この世の中にもっとこんな弁護士が存在してほしいと思う

深い重い映画であるが
ひじょうにいい映画である
posted by オサト at 21:55| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月25日

「善き人のためのソナタ」 を鑑賞して

ソナタ2

          「善き人のためのソナタ」のヴィースラー
     盗聴器で反体制の疑いのある劇作家ドライマンの会話を探ろうとする


私は日記のようなブログを他で立ち上げているが
そのブログにもいくつか今まで鑑賞した映画を載せている
ここで映画だけの単独ブログを載せたのだから
そこで載せたいい映画はここでも紹介したいと思っています

今年観た映画でこの作品もすごく感動した
今でもこの作品の深さとヴィースラーのやさしさや時代背景を考えたりして
なんともいえない感情に思いふけったりしたいる
ぜひ味わってほしい映画である

−−−−−☆−−−−−−☆−−−−−−☆−−−−−
「善き人のためのソナタ」

映画を鑑賞すると

ラストによって救われる・・・ほっとする・・・こちらも喜びの笑みがでる
最後のシーンによってその映画の全てを物語るっていう映画は多いが
この映画はまさにそのラストシーンがいい


涙と微笑みと・・・
この映画の後はこの映画の内容を振り返り朝まで家族と語り合ってしまった

・・・ずっと語り続けたくなる映画・・・
この映画はそんな映画である


物語は1984年の東ドイツ
社会主義の独裁的な監視国家の下で反政府的な思想を取り締まる
秘密警察の警察官であるヴィースラー、
そしてそういう抑圧された環境の中で自由や芸術を探求する芸術家達、
監視の対象となったのは反体制の疑いのある劇作家ドライマンであった

ヴィースラーは
反体制と疑わしき劇作家ドライマンと同棲相手の舞台女優の家に冷酷に盗聴器をしかけ
徹底した監視をするうちに
彼らの自由な思想、音楽や文学を語り、
深く愛し合う彼らの世界にヴィースラーは次第に感化されはじめる


そして、劇作家ドライマンがピアノで奏でる

国によって自殺に追い込まれた信念の芸術家がプレゼントしてくれた、
「善き人のためのソナタ」を聴き、ヴィースラーはヘッドフォンから流れる調べに共感、共鳴し
激しく心が揺さぶられる・・・
そして危険を承知で彼らを救おうとする物語である

 
ソナタ4
     抑圧された国の環境の中でも、自由や芸術を愛するドライマンと恋人


冒頭では重い映画を想像していた
サスペンス的な要素があるのかとも思ったが

観て行くうちにどんどん画面に惹き付けられ
まさしく「人間ドラマ」が始まった


東西ドイツの壁崩壊前の1984年東ドイツの暗い背景

そんなに遠くない時代であるのに旧東ドイツがこんな世界であったとは・・・


当時旧ソ連に占領されていた社会主義国家である東ドイツと
アメリカイギリス統治国であった自由な西ドイツとは
同じ国名でこんなにも差があったなんて想像を絶するものがある

独裁的な国に仕えるヴィースラーは無表情で愛のない生活を送っていた
しかし、東ドイツの共産主義体制の下、暗く歪んだ独裁国家の中で、反体制的と疑われた
劇作家ドライマンを監視しているうち、ドライマンの人間的な自由な思想芸術、愛に共鳴し
冷酷さが徐々に和らぎはじめ段々と内面の人間的な熱い魂の変化が起こり始める

ドライマンがピアノで奏でる「善き人のためのソナタ」を聴いて
彼は涙を流し心が揺さぶられていくのだ
そこから彼は、芸術カップルの劇作家ドライマンと彼女を守り
献身的ともあろう心で助ける

ソナタ5
 そこには見返りも自分の将来もないいつまでも無表情な生活は続き
芸術家を助けた事により自分の人生も不遇なものになったが
しかし彼には後悔はない

そしてラストシーン
ベルリンの壁崩壊後自分が助けた劇作家の本を手にした時の
本屋の店員に答えた言葉

「Das ist fur mich」 (これはわたしのためのものです)

この言葉が物語の全てであろう
かすかに微笑んだヴィースラーの顔
ヴィースラーの目はこの時晴れやかで喜びに満ちていた

思えば、彼は自分のために行動はしたことがない、国家のために生活し、
そして、劇作家や女優のために自分の全てをかけて救う
彼は命令を守り続けた
芸術家を救った後もひっそりと誰にも言うこともなく
まじめな無表情な生活は続く

すべて自分のためではない
壁が崩壊されて自由がはいってきても彼自体の孤独はかわらない
そんな中で彼は本屋にて
自分が救った劇作家ドライマンの
「Dei Sonate vom Guten Menschen」(善き人のためのソナタ)
という本を見つける
その本の中にはかつての自分の認識番号「HGV XX7」に捧げると書いてあった

私はこの時涙がとまらなかった
まぎれもなく自分が陰ながら応援した劇作家によって書かれていた本だ
自分のためになど今まで生きることはなかったヴィースラー

ソナタ1
            だんだんと変わっていくヴィースラー

その彼がこの本は「Das ist fur mich」(わたしのためのものです)
と言った
この一言、このシーン 涙がとまらない
そしてこのシーンがあったから全てがいいのだ


仮に本屋の前をヴィースラーが通り過ぎても、
ドライマンの出版したこの本の宣伝のためのポスターを
ヴィースラーが気がつかず見過ごしていたら
この映画の価値は半減してしまうか・・・

いやそんなことはない
ヴィースラー自身が劇作家ドライマンに対して行った行為は
観ている我々もヴィースラーの心底の暖かさの発見、
芽生え、魂を揺さぶられるくらいの感動
そんなものがあった

しかしもしヴィースラーがドライマンのポスターに気がつかないで
この映画が「完」となっていたら・・・

それはヴィースラーがあまりにも悲しい

彼は国のため、人のため・・・それだけに仕えて生きてきた
壁崩壊後いきなり世界が自由を歌い上げて、東ドイツの人々の思想が変わっていっても
生まれながらに抑えつけられての教育が当たり前だったヴィースラー、
またその同類の人間達は、自分のために何をしてもいいという
自由を前面に歌う世界に慣れているはずがない

ヴィースラーのように育った人間達はこの環境に対応できずに結局人生終わってしまう
現に実際に東西統一されたドイツとなっても、東ドイツ側だった人間達は環境に
順応できずに相次いで当時自殺者が出たという

いきなり自由になって世界に対応できなかった
ヴィースラーのような人間にとってはあまりにも残酷なことにもなってしまった
これからどうすればいいかもわからず、
喜びもなく可もなく不可もなく淡々と人生をおくるだけ・・・

環境が急にかわった人間達、環境に対応できない人間達にとって
これほど悲しいことはない・・・

私は思う・・・
ヴィースラーが本屋でこのポスターに気がついたのは、いわば必然のことである
その日に気がつかなくても、何かが彼に教えてくれた
現に彼は本屋を通り過ぎて・・・また戻った・・・それは彼の意思ではなく
すでに必然とそういうことになっていたのだ・・・そんな気がしてならない

そしてヴィースラーはその本を手にした

その後の彼の晴れやかな喜びに満ちた顔
・・・それがその時の彼の全てだ

映画でなくても、こういうことは私達に往々にある
人生ってそういうものなんだ
ドライマンのポスターに気がつくのはヴィースラーにとって決められていたことである
きっと・・・

彼の人生はそれがあるから喜びにかわった
彼の人生は悲しくない
笑顔が生まれる・・・
彼の魂からでた彼の笑顔
そして
「Das ist fur mich」(わたしのためのものです)
もはやそれは、人のためではない
私のために・・・という笑顔

人生ってそんなものだ・・・
映画はそれを我々に教えてくれている



娘もブログを書いていて
娘のブログにかいてあった言葉を思い出した

『100回の辛いこと全部、
全身から湧き上がる
1回の笑顔でほんとに消える』
そのまま娘の言葉引用だが・・・
この映画にもそんな感じが静かに現れている

人間を語るいい映画だった

ソナタ3
           劇作家ドライマンと同姓相手の恋人との会話は
             いつも自由で新鮮だったにちがいない
 ヴィースラーは彼らの進歩的な考え、芸術を愛し躍動的な心に感銘しはじめる
 
残念なのはこのヴィースラー役の主人公
ウルリッヒ・ミューエ
彼は昨年2007年7月22日、病気のため亡くなったという
追悼作品になってしまった

とても残念だ
ご冥福を心より祈ります

posted by オサト at 00:04| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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