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2008年08月25日

「善き人のためのソナタ」 を鑑賞して

ソナタ2

          「善き人のためのソナタ」のヴィースラー
     盗聴器で反体制の疑いのある劇作家ドライマンの会話を探ろうとする


私は日記のようなブログを他で立ち上げているが
そのブログにもいくつか今まで鑑賞した映画を載せている
ここで映画だけの単独ブログを載せたのだから
そこで載せたいい映画はここでも紹介したいと思っています

今年観た映画でこの作品もすごく感動した
今でもこの作品の深さとヴィースラーのやさしさや時代背景を考えたりして
なんともいえない感情に思いふけったりしたいる
ぜひ味わってほしい映画である

−−−−−☆−−−−−−☆−−−−−−☆−−−−−
「善き人のためのソナタ」

映画を鑑賞すると

ラストによって救われる・・・ほっとする・・・こちらも喜びの笑みがでる
最後のシーンによってその映画の全てを物語るっていう映画は多いが
この映画はまさにそのラストシーンがいい


涙と微笑みと・・・
この映画の後はこの映画の内容を振り返り朝まで家族と語り合ってしまった

・・・ずっと語り続けたくなる映画・・・
この映画はそんな映画である


物語は1984年の東ドイツ
社会主義の独裁的な監視国家の下で反政府的な思想を取り締まる
秘密警察の警察官であるヴィースラー、
そしてそういう抑圧された環境の中で自由や芸術を探求する芸術家達、
監視の対象となったのは反体制の疑いのある劇作家ドライマンであった

ヴィースラーは
反体制と疑わしき劇作家ドライマンと同棲相手の舞台女優の家に冷酷に盗聴器をしかけ
徹底した監視をするうちに
彼らの自由な思想、音楽や文学を語り、
深く愛し合う彼らの世界にヴィースラーは次第に感化されはじめる


そして、劇作家ドライマンがピアノで奏でる

国によって自殺に追い込まれた信念の芸術家がプレゼントしてくれた、
「善き人のためのソナタ」を聴き、ヴィースラーはヘッドフォンから流れる調べに共感、共鳴し
激しく心が揺さぶられる・・・
そして危険を承知で彼らを救おうとする物語である

 
ソナタ4
     抑圧された国の環境の中でも、自由や芸術を愛するドライマンと恋人


冒頭では重い映画を想像していた
サスペンス的な要素があるのかとも思ったが

観て行くうちにどんどん画面に惹き付けられ
まさしく「人間ドラマ」が始まった


東西ドイツの壁崩壊前の1984年東ドイツの暗い背景

そんなに遠くない時代であるのに旧東ドイツがこんな世界であったとは・・・


当時旧ソ連に占領されていた社会主義国家である東ドイツと
アメリカイギリス統治国であった自由な西ドイツとは
同じ国名でこんなにも差があったなんて想像を絶するものがある

独裁的な国に仕えるヴィースラーは無表情で愛のない生活を送っていた
しかし、東ドイツの共産主義体制の下、暗く歪んだ独裁国家の中で、反体制的と疑われた
劇作家ドライマンを監視しているうち、ドライマンの人間的な自由な思想芸術、愛に共鳴し
冷酷さが徐々に和らぎはじめ段々と内面の人間的な熱い魂の変化が起こり始める

ドライマンがピアノで奏でる「善き人のためのソナタ」を聴いて
彼は涙を流し心が揺さぶられていくのだ
そこから彼は、芸術カップルの劇作家ドライマンと彼女を守り
献身的ともあろう心で助ける

ソナタ5
 そこには見返りも自分の将来もないいつまでも無表情な生活は続き
芸術家を助けた事により自分の人生も不遇なものになったが
しかし彼には後悔はない

そしてラストシーン
ベルリンの壁崩壊後自分が助けた劇作家の本を手にした時の
本屋の店員に答えた言葉

「Das ist fur mich」 (これはわたしのためのものです)

この言葉が物語の全てであろう
かすかに微笑んだヴィースラーの顔
ヴィースラーの目はこの時晴れやかで喜びに満ちていた

思えば、彼は自分のために行動はしたことがない、国家のために生活し、
そして、劇作家や女優のために自分の全てをかけて救う
彼は命令を守り続けた
芸術家を救った後もひっそりと誰にも言うこともなく
まじめな無表情な生活は続く

すべて自分のためではない
壁が崩壊されて自由がはいってきても彼自体の孤独はかわらない
そんな中で彼は本屋にて
自分が救った劇作家ドライマンの
「Dei Sonate vom Guten Menschen」(善き人のためのソナタ)
という本を見つける
その本の中にはかつての自分の認識番号「HGV XX7」に捧げると書いてあった

私はこの時涙がとまらなかった
まぎれもなく自分が陰ながら応援した劇作家によって書かれていた本だ
自分のためになど今まで生きることはなかったヴィースラー

ソナタ1
            だんだんと変わっていくヴィースラー

その彼がこの本は「Das ist fur mich」(わたしのためのものです)
と言った
この一言、このシーン 涙がとまらない
そしてこのシーンがあったから全てがいいのだ


仮に本屋の前をヴィースラーが通り過ぎても、
ドライマンの出版したこの本の宣伝のためのポスターを
ヴィースラーが気がつかず見過ごしていたら
この映画の価値は半減してしまうか・・・

いやそんなことはない
ヴィースラー自身が劇作家ドライマンに対して行った行為は
観ている我々もヴィースラーの心底の暖かさの発見、
芽生え、魂を揺さぶられるくらいの感動
そんなものがあった

しかしもしヴィースラーがドライマンのポスターに気がつかないで
この映画が「完」となっていたら・・・

それはヴィースラーがあまりにも悲しい

彼は国のため、人のため・・・それだけに仕えて生きてきた
壁崩壊後いきなり世界が自由を歌い上げて、東ドイツの人々の思想が変わっていっても
生まれながらに抑えつけられての教育が当たり前だったヴィースラー、
またその同類の人間達は、自分のために何をしてもいいという
自由を前面に歌う世界に慣れているはずがない

ヴィースラーのように育った人間達はこの環境に対応できずに結局人生終わってしまう
現に実際に東西統一されたドイツとなっても、東ドイツ側だった人間達は環境に
順応できずに相次いで当時自殺者が出たという

いきなり自由になって世界に対応できなかった
ヴィースラーのような人間にとってはあまりにも残酷なことにもなってしまった
これからどうすればいいかもわからず、
喜びもなく可もなく不可もなく淡々と人生をおくるだけ・・・

環境が急にかわった人間達、環境に対応できない人間達にとって
これほど悲しいことはない・・・

私は思う・・・
ヴィースラーが本屋でこのポスターに気がついたのは、いわば必然のことである
その日に気がつかなくても、何かが彼に教えてくれた
現に彼は本屋を通り過ぎて・・・また戻った・・・それは彼の意思ではなく
すでに必然とそういうことになっていたのだ・・・そんな気がしてならない

そしてヴィースラーはその本を手にした

その後の彼の晴れやかな喜びに満ちた顔
・・・それがその時の彼の全てだ

映画でなくても、こういうことは私達に往々にある
人生ってそういうものなんだ
ドライマンのポスターに気がつくのはヴィースラーにとって決められていたことである
きっと・・・

彼の人生はそれがあるから喜びにかわった
彼の人生は悲しくない
笑顔が生まれる・・・
彼の魂からでた彼の笑顔
そして
「Das ist fur mich」(わたしのためのものです)
もはやそれは、人のためではない
私のために・・・という笑顔

人生ってそんなものだ・・・
映画はそれを我々に教えてくれている



娘もブログを書いていて
娘のブログにかいてあった言葉を思い出した

『100回の辛いこと全部、
全身から湧き上がる
1回の笑顔でほんとに消える』
そのまま娘の言葉引用だが・・・
この映画にもそんな感じが静かに現れている

人間を語るいい映画だった

ソナタ3
           劇作家ドライマンと同姓相手の恋人との会話は
             いつも自由で新鮮だったにちがいない
 ヴィースラーは彼らの進歩的な考え、芸術を愛し躍動的な心に感銘しはじめる
 
残念なのはこのヴィースラー役の主人公
ウルリッヒ・ミューエ
彼は昨年2007年7月22日、病気のため亡くなったという
追悼作品になってしまった

とても残念だ
ご冥福を心より祈ります

posted by オサト at 00:04| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

私の映画に関する考え方・・・2

どんな映画でも楽しみがある

映画はわくわくするし最後まで結末が見えない
例え有名にならない映画であっても
お金がかかっていないとすぐわかる映画であっても
監督が、作者がなにを語ろうとしているか
その感動が見えてくる

この監督はすばらしいとか
この監督は別に普通だな等とそんな感想でもいい
必ずどの映画にも感じてくるから不思議である

それは毎日映画を何本も鑑賞するという訓練?を
長年続けた賜物であろうか

どんなにつまらなそうな映画でも、
観るにも忍びないくらいつまらない映画もあるが
そんな映画だって絶対に途中では鑑賞はやめない
映画って一度途中でやめてしまうと必ずそれが癖になってしまうからである

エンディングまで全部観つくすというのがポイントである
意外に最後を見て、全てを納得したり、ああこういうことだったのか・・・
などという結末にも出会えるからだ
最後まで観て何がなんだか結局だめだ・・・というノンフィクション性もストーリー性も
感じられず、ただくだらない映画や何が言いたいのかなんていう映画もよくある話だが
そういったことを感じてしまうのも、私の経験で内容を深く理解しようとする
自分の感じ方が肥えた証拠なのだろう

深い映画は本当にいい
浅く見せかけだけいい映画というのはつまらないし記憶にも残らない
映画の奥の目に見えない呼びかけを視聴者に感じさせるのが本当にいい映画だ

とにかく鑑賞してみないと映画はわからない
またよい映画は2度も3度も観たりする
そしてよい映画というのは、観るほど発見がある
いろいろな捉え方が生まれてしまい考えさせられる

監督はまず頭がよくなくてはできる仕事ではないとつくづく思う
映画の中に見せ場を作り、盛り上がり場面を作り、且つ指導力も必要
ここだけは譲れないという強い意思が感じられる映画は
確かに面白いと実感もするのである

 
映画は娯楽的には最高部類に入るが
映画くらい考えさせられるものはない
心に残る映画がもっともっとほしいと思う昨今だ

短時間にうまく表現してある映画まとめ上げている作品も実に少ない
長編小説を無理に短時間でまとめるというのは大変だと思うが
監督力のある監督は案外それもうまくこなしている
そこに原作編集の力も監督の力も実力が発揮されるのであろう

本もいいが、映画もいい
私は話題になっている小説などが映画化されると必ず観る
もちろん本を読んでから映画を観る
でなければ原作も筋書きも映画では見えなくなっていることもあるからだ

映画の仕事目指した方が結構自分には合っていたかもしれない
まあ現実は違うわけだが、それでそれで仕方がない
でもあの時代、映画に夢中になった自分の熱きよき時代を
今でも引きずっている部分はかなりあって
熱くなる精神はまだまだあるから嬉しくなる

「本当に映画っていい」と心から思うのである
 
私には映画を観るという趣味があったから日々楽しみがある
また私の映画鑑賞で家族は犠牲になるかもしれないが
(一緒に観ようと誘うので)
まあ我慢しておくれ


いい映画や鑑賞した映画などはできる限り紹介したい
よかったらいい映画は観てほしいと願う
但し映画を観すぎているせいか
私の批判はかなり厳しく辛口であるけれど
反感買ってしまう可能性もあるのだが・・・

どうかよろしくお願いします
タグ:映画 観賞 洋画
posted by オサト at 02:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私が映画が好きな理由と映画に対する考え方・・・1

私は日記ブログを他で立ち上げているのだが
そのブログの映画感想のところを選んでこちらで映画のブログとして
きちんとまとめてゆきたい
なぜならばその方が映画ファンの方達と気持ち共有できると思ったからだ
映画のページは同じとなるが
こちらは映画だけとして本格的にきちんと書きたいと思っている
映画ファンの方々よかったらこれからどんどん遊びにいらしてくださいね 


 
私は昔、〇映株式会社にてアルバイトをしていたこともあり
映画に関してはかなりうるさいし
目も肥えている(つもり)だし結構批判も厳しい

何せ家にも150インチの映画用(液晶ではなく)プロジェクタースクリーンを取り付け
まるで映画館の雰囲気で鑑賞している
ご近所のこともありボリュームはあまり大きく出せないが
それでもちょっと大きめにするとかなりの迫力だ

家のそばにはTSUTAYAもあるおかげで
我が家はいつでも映画を楽しめる

私の映画歴はかなり長い
観ていない映画は・・・となると
まだまだあるけれど一応流行した映画は全部鑑賞済みくらいすごい数の映画を観ている

それでも友人から聞いたり、この映画はよかった・・・あの映画は観ておくべきだ・・・
という話をきくといてもたってもいられなくなってまたTSUTAYAに寄る日々は続く

〇映にアルバイトしていた期間はかなり長く約5年
好きだからなかなかやめれなかったバイト先であった

〇映にはその頃、割りと大きな試写室があり、バイト業務が終わり
会社側でそこの部屋が空いていると確認がとれた場合
好きな映画を好きなだけ観てもよいという夜時間を自由にとることが出来た
私は時間も忘れて次ぎの日まで鑑賞してしまうという日々がかなりあったと思う

 会社側としては社員の映画教育のためにそういうチャンスを
とっていてくれた訳だが、私くらいその会社側の親切行為を大いに活用した
人間も少ないのではないか・・・しかもバイトの分際で

最近は映画は4本も5本も続けて観るとさすがに疲れてくるものだが、
その頃の私は疲れと感じなかった(現在は2本でちょうどいいくらい)・・・・・・続く
posted by オサト at 01:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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